ついに呼び鈴を鳴らしてしまった。  

 僕に与えられた後悔の時間は数秒ほどだったけど、先生がドアを開けて顔を覗かせるまでに、たっぷりと数分は過ぎたような気がした。

「…………どうして」

 目を瞠った先生の唇がぱくぱくと動く。

 久しぶりに見た先生の顔は記憶の中のそれよりもほっそりとしていた。少し痩せたかもしれない。

「あの、僕、心配で……その、ええと」

 長い時間をかけて考えてきた言い訳なんか、一瞬で吹っ飛んでいた。

 玄関先で顔を突き合わせたまま馬鹿みたいに目をそらし合う。

 先んじて冷静を取り戻したのは先生のほうだった。首を伸ばして廊下の左右を確認した後、ドアを押して大きく開く。

「とにかく上がって」

 その言葉に、僕がどれほど安堵したことだろうか。

2: 名も無き被検体774号+:2014/03/12(水) 06:54:49.05 ID:zSMs1Lti0.net

猫の額ほどの玄関は、六畳ほどのダイニングスペースと繋がっていた。

 奥にもう一つ部屋があるようだったが、さすがにそこまでは通されない。

 小ぶりな丸テーブルの一席を勧められたので、おとなしく僕はそこに座った。

「紅茶でいい?」

 電気ケトルに水を注ぎながら、こっちを振り返らずに先生が言う。

 カーディガンの背中に垂れた長い黒髪に見惚れてしまった。

 もともと魅力的な人ではあったが、さて、これほどまでだったろうか。

「おかまいなく」

「そういうわけにもいかないでしょ」

 そうか、と僕はあることに思い当たる。

 学校では先生はいつも、髪を結っていたのだ。

 アップにまとめていたり、肩ごしに前に垂らしていたりと髪型は様々だったが、こんな風に髪を降ろしているのは初めて見る。

 その様子は、こっちが恥ずかしくなるくらいに綺麗だった。


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