当時、俺は特に暗いわけでもなく、かといってクラスの中心的存在でも無いごくフツー の高校3年生で、年相応に色気づいて身だしなみなんかには気を使い始めていたものの、実際に女と話しをするのは苦手(赤面症)という奥手な高校生だった。

異性を巡る華やかな出来事には縁がなく、不満はないけど満足感には欠ける少なくとも 青春真っ盛りという生活とはかけ離れた毎日を過ごしていた。

一方、勉強面はといえば、私立で一応進学に力を入れていた学校だったから、そっちの 方面はそれなりに忙しかった。 特に3年になると正規の授業の他に「補講」と呼ばれる週2回放課後に実施される受験

対策の補習が始まって、補習当日は特別な用事のある生徒以外は各自が事前に選択

した科目を受講することが半ば義務付けられていたりもした。



その補講で俺は英語と古典を選択していた。

大抵は主要教科である英語や数学、あるいは社会や理科の選択科目を組み合わせて

受講する生徒が多く、古典を選択するっていうのは少数派だったんだけど、俺は元々

古典が苦手だったことと、古典の担当教諭が実は俺が密かに憧れていたクラスの副担任の先生だったこともあって、俺は殆ど迷うことなく古典を受講科目に選んでいた。

つまり俺としては補講を通じて副担任の先生と多少なりとも親しく話せる機会があれば

いいなーというやや不純な動機もあったってわけなんだ。



その先生の名前をここでは一応由紀先生としておく。

由紀先生は当時おそらく25~26歳で、細身で一見すると大人しそうなお姉さん系の先生だったんだけど、実際は見た目よりもずっとハッキリとした性格で、授業中の男子生徒のH系のツッコミなんかにも動じることが無く、良く通る声と体に似合わない筆圧の強い大きな文字で板書するのが印象的な先生だった。



校内では数少ない若くて見た目の良い先生だったから、男子生徒から人気があっても

おかしくなかったんだけど、当時の俺達からすると気軽に友達感覚で話しかけられるっていうタイプの先生ではなかったせいか、俺みたいに密かに憧れてるって奴はいたかもしれないけど、表向きはそれほど目立って人気があるって感じではなかった。



補講は放課後16:30くらいから行われていたと記憶している。

古典を選択する生徒は予想通りそれ程多くなくて、出席するのはたいてい7・8名。

俺としては少人数の授業で必然的に由紀先生と話しをする機会は増えるし、休憩時間の

他愛の無い雑談なんかを通じて、今まで知らなかった由紀先生の性格や嗜好を知ることができたり、あるいは授業中とは少し違う素に近い由紀先生の表情や仕草なんかを発見することができたりして、それだけで結構な満足感を覚えていた。



当時の恋愛経験の乏しい俺からすると、憧れの由紀先生と仲良くなると言えばせいぜい

これぐらいが限界で、更にそこから進んで由紀先生とリアルな恋愛関係になるなんていうのは想像すら出来ないというのが実際のところだった。



でも、そんなありふれた日常を過ごしていた俺の心境に変化をもたらす出来事は、ある日唐突に起こったんだ。



夏休みが終わって間もない9月の中頃、その日たまたま進路のことで担任に呼び出されて いた俺は、放課後誰もいなくなった教室で一人帰り支度をしていた。

西日の差し込む蒸し暑い教室で、俺が帰ろうとしたその矢先、突然由紀先生が教室に入ってきた。



「あれ、佐野君(俺)まだ帰ってなかったの?」

「はぁ、これから帰るとこ・・・ちょっと○○(担任)に呼ばれてて・・・」

「そうなんだ。で、勉強の方は順調に進んでるの?」

「んー、いまいちかなー。今も絞られたし。それより先生はどうしたの?」

「私は放課後の見回り。いつも3年生の教室は私が見回ってるのよ。誰か悪さしてるのはいないかって。だからあなたも早く帰りなさい。」



日頃、補講で顔をあわせていることもあってか、由紀先生は結構気安い調子で話しを続けてきた。

「ところで志望校は決まったの?」

「うーん、まだハッキリとは・・・、やっぱり成績次第だし」



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